アラカルト

宇宙ことばとホロスコープ☆


秋も深まってきましたね。

満月も過ぎて来週には太陽がさそり座に進行し、
ますます自己探究シーズン
のようでもあります。

 

さて今日はチャートのお話。

私が扱うホロスコープチャートには、マークや記号があれこれあれこれ並んでいて
パッと見は難解な模様のようでもあります。
が、それにはやはり訳があるのです。

 

ホロスコープチャートには
本当に本当に膨大な情報が、かなり緻密に書かれているのですが、
それが仮に言葉や絵文字のようなわかりやすいものだとすると、
扱える情報量は10分の1以下になることでしょう。

 

記号やマークでないと表せないから記号やマークなわけです。
唯一、我々と共通するのは数字のみ。

 

数字もそもそも哲学的!
…って話をし始めると長くなるので割愛するとして、
記号やマークで表されるものは何かというと、
要するに言葉にならないシンボリズムなのです。

 

なので私はいわばそれを翻訳しているようなものでもありますね!
心理的な側面の話は別として、星読みはある意味、宇宙ことばの翻訳作業。

 

しかしこのマークや記号や数字という宇宙ことばが、
なんとも完全で素敵なわけです。
一方私の言葉は不完全ですから、伝える時にはいつも一生懸命伝わりやすいように表現を考えることに。
それでいつも「喩え話」が繰り広げられたりして。

 

ところで一方、
占いを統計学のようにおっしゃる方もいらっしゃいますが
それは違うと思っています。
少なくとも私がチャートと関わる時に、
統計学として扱うことはありません。

なぜなら
チャートに表されるものには普遍性があるからです。
そう、記号とか、マークとか
あれらは普遍的なものを端的に表現しているものです。

でもいかんせん
受け取る私達の方にはいろいろと制限が(少なくとも今のところは)ありまして
言葉に置き換えて伝えるしかなかったりするわけです。

 

言葉では伝えきれないあらゆる可能性を含んだものを表現する…という方法は、
今の我々世界ではアートの分野くらいでしょうか。
もちろん音楽やダンス等も含んだアートですね。

でもアートにおいての表現は、
とても個人的です。
つまり、好きとか嫌いとかフィーリングがある世界観ですね。
なのでみんなに共通というわけにもいかないかもしれません。
それを言うならそもそもアートというものは、
人の情緒を揺さぶるものですから、共通しないのは当然のことです。

 

と、いうわけで

チャートに並んだ
知らない人から見ると得体のしれない記号やマークは
実は完全な表現とも言えるのでした。

…と、私は思っているというお話。

 

今日も翻訳作業が楽しいです!

 

ミシェルメイ美菜子☆

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